- TRTは診断された低下症への医療。元気を足す薬ではない。
- 勃起と性欲には効果の報告。活力は差が出なかった試験もある。
- 精子は減る。子どもを望む人は開始前に相談を。
- まずは血液検査で自分の数値を知るところから。
「テストステロンを注射すれば若返る」。ネットでよく見る話です。けれどTRT(テストステロン補充療法)は診断された低下症に対する医療です。美容やアンチエイジングの道具ではありません。この記事では2026年時点の実在論文だけを使い、効果・安全性・受け方を誇張なく整理します。
TRTって何?

TRTは、テストステロンが足りない男性に、外から補う医療です。注射・塗り薬(ゲル)・内服があります。日本では注射がよく使われます。
対象になるのは「男性性腺機能低下症」と診断された人です。診断には2つの条件がそろう必要があります。ひとつは症状。性欲の低下、ED、疲れやすさ、気分の落ち込みなどです。もうひとつは血液検査での低値です。どちらか一方だけでは足りません。
性腺機能低下症=男性ホルモンを作る力が落ちて、症状も出ている状態のこと。
ng/dL(ナノグラム・パー・デシリットル)=血液中のテストステロン量を表す単位。
MACE(マーシー)=心筋梗塞・脳卒中・心血管死をまとめて数えた指標。
米国内分泌学会のガイドラインも同じ立場です。症状があり、かつ明確に低い男性に限って検討するよう推奨しています。確度 参考(Bhasin 2018)健康な人が「もっと元気になりたい」という理由で受けるものではありません。自分が対象かどうかは、テストステロンが下がる原因と正常値と検査の受け方を知ってから、医師に相談してください。
TRTは「足りない人に足す」医療。
症状と血液検査の低値、その両方がそろって初めて話が始まる。
誰が受けられるの?

判断の入口は、症状と数値の組み合わせです。下の表は、TRAVERSE試験とガイドラインで使われた線引きを整理したものです。数値の基準は施設や国によって幅があります。
TRAVERSE試験では、空腹時のテストステロンが2回とも300 ng/dL未満で、かつ症状がある45〜80歳の男性が組み入れられました。確度 高(Lincoff 2023)1回の採血だけで決めないのが実務の作法です。テストステロンは朝に高く、日中に下がります。採血の時間帯でも結果が変わります。
数値が低いだけでは対象にならない。
症状とセットで、しかも2回測って初めて判断される。
勃起と性欲はどう変わる?

この2つは、TRTでもっとも一貫して報告されている領域です。ただし条件があります。もともと低い人に限るという条件です。
Snyderらの「テストステロン試験(T-Trials)」は、65歳以上の男性790人を対象にしました。テストステロンが275 ng/dL未満で、症状もある人たちです。ゲルまたはプラセボ(見た目は同じで中身が入っていない偽物)を1年使いました。結果、テストステロン群では性行為の回数・性的欲求・勃起機能のいずれも改善しました。確度 高(Snyder 2016, NEJM)
同じ試験でも、領域によって結果は分かれた。性生活まわりは改善、活力は差が出なかった。確度 高
勃起と性的欲求は、TRTでもっとも報告が厚い領域。
ただし対象は、検査で低いと確認された男性に限られる。
では、数値が正常な人が上乗せしたらどうなるのでしょうか。ここは期待するほど単純ではありません。Coronaらは、テストステロン補充と性機能の関係をメタ分析(いくつもの研究をまとめて一つの結論を出す方法)で検討しました。結論は明快です。低下症の男性では性機能に良い方向の効果があるが、明確に低下していない男性では効果は不確実。確度 高(Corona 2014, J Sex Med)
つまりTRTは「欠乏を埋め戻す」文脈で働きます。満タンの人にさらに注ぐ話ではありません。ここを取り違えると、得られるものは小さく、リスクだけが残ります。ホルモンに頼らない土台づくりはテストステロンを上げる方法にまとめました。
正常な人が足しても、性機能への上乗せははっきりしない。
まず検査で、自分がどちら側にいるかを確かめるのが順番。
活力や気分は上がる?

「疲れが取れる」という期待は、実は最も裏づけが分かれる領域です。ただし、何を測ったかで話が変わります。
T-Trialsには「活力(バイタリティ)」を主要な評価項目にした部分がありました。ここで使われたのは疲労感を点数化する質問票です。65歳以上の男性が、1年後に自分の元気さをどう答えたかを見ています。結果、テストステロン群とプラセボ群に明確な差は出ませんでした。確度 高(Snyder 2016)
一方、同じ試験で気分と抑うつ症状はテストステロン群のほうがわずかに良好でした。さらにWaltherらは、27件の比較試験・1890人をまとめた解析を行っています。テストステロン投与は抑うつ症状の減少と関連し、その関連は用量が高い試験でより大きく見られました。確度 高(Walther 2019, JAMA Psychiatry)
ここは読み方が大事です。差が出なかったのは「自分は元気か」という自己評価の点数でした。歩ける距離という体を動かす指標では、790人全員をまとめた解析で改善した人の割合が多くなっています。確度 中(Snyder 2016)疲れという言葉は、測る物差しによって別物になります。
そして「疲れやすい」の原因はホルモンだけではありません。睡眠不足、体重、飲酒、鉄やビタミンの不足、甲状腺。どれも同じ症状を出します。だからこそ、いきなり注射ではなく検査で原因を切り分けるのが先です。
差が出なかったのは「元気かどうかの自己申告」。
気分の落ち込みや歩行距離では報告がある。まず検査で、疲れの出どころを医師と切り分ける。
精子と妊活はどうなる?

ここは見落とされがちですが、TRTで最も確実に起きる変化です。外からテストステロンを入れると、精子は減ります。
しくみは単純です。脳は血液中のテストステロン量を見張っています。外から入ってくると「もう十分ある」と判断します。すると精巣に出していた指令(FSH・LH)を止めます。精子を作る工場は、この指令で動いています。指令が止まれば、生産も止まります。
この経路は男性用ホルモン避妊薬の研究でも使われてきた。狙って精子を減らせるほど確実な反応。確度 高
Fuscoらの総説は、この経路を明確に述べています。外から androgen(男性ホルモン)を入れると視床下部・下垂体・精巣の連携が抑えられ、FSHとLHが下がります。その結果、精子形成が部分的または完全に止まりうるとされます。確度 高(Fusco 2021)
では、やめれば戻るのでしょうか。Desaiらのレビューによれば、中止後に自然に回復した報告が多い一方で、回復までの期間は非常にばらつくとされます。もともとの精巣の働き、使用期間、やめたときの年齢で変わります。中には自然回復せず、ホルモン刺激や生殖補助医療が必要になる例もあります。確度 関連(Desai 2022)
だから妊活中・妊活予定の男性には、開始前の相談が欠かせません。TRTを始める前に、まず精液検査で現状を測る。それが自分の手札を知る最短ルートです。精子そのものの整え方は精子の質を上げる方法にまとめています。
補充すると精子は減る。これは副作用というより、確実に起きる反応。
子どもを望むなら、始める前に精液検査を受け、別の選択肢も含めて医師と相談する。
心臓に悪くない?

長年もっとも心配されてきた点です。2023年の大規模試験が、この問いに正面から答えました。
TRAVERSE試験は、心血管の病気を持つか、そのリスクが高い45〜80歳の男性5,246人を対象にしました。全員が症状のある低下症で、空腹時テストステロンは2回とも300 ng/dL未満です。テストステロンゲルと偽薬を比べました。
数字の意味を添えます。7.0%と7.3%は、100人中7人前後という水準です。両群でほぼ同じでした。「増えないことを確かめる」設計の試験なので、「心臓に良い」という意味ではありません。確度 高(Lincoff 2023)
より広い視点でも材料は増えています。41件の比較試験をまとめた解析では、TRTの心血管リスクと前立腺がんリスクが検討されました。確度 高(41件の比較試験のメタ分析 2025)また、低下症の男性への補充の心血管への影響を短期・中期・長期で概説した総説もあります。確度 関連(Corona 2023)いずれも「医師の管理下で適切に行われた場合」という前提の上に立っています。
5,246人の試験で、心血管イベントは偽薬とほぼ同じだった。
ただし確かめられたのは「増えないこと」。診断と定期的な検査が前提になる。
ほかにどんなリスクがある?

心臓以外にも、知っておくべき変化があります。どれも定期的な血液検査で見つけられるものです。
赤血球の増えすぎは、TRTで最もよく知られた副作用です。Ohlanderらのレビューは、ヘマトクリットが50%を超えたら見直し、54%を超えたら中止という線引きを紹介しています。また短時間作用型の注射は、ほかの剤形より赤血球増多のリスクが高いとされます。確度 中(Ohlander 2018)
リスクの多くは、定期的な血液検査で見つかるもの。
裏を返せば、検査なしで続ける形がいちばん危ない。
「低い=すぐ注射」ではない

検査で低めと出ても、いきなり補充に飛びつく順番ではありません。先に見るべきは、その低下に戻せる原因がないかです。
肥満、睡眠不足、睡眠時無呼吸、過度の飲酒、強いストレス、一部の薬。どれもテストステロンを下げます。そして、これらは変えられます。
Coronaらは24件の研究をまとめ、減量とテストステロンの関係を解析しました。低カロリー食で総テストステロンは平均2.87 nmol/L、肥満手術では8.73 nmol/L上がったと報告されています。確度 高(Corona 2013, Eur J Endocrinol)
数字の意味を添えます。総テストステロンの目安が10〜30 nmol/L前後であることを考えると、2.87という幅は小さくありません。とくに肥満がある人では、体重を落とすことが数値そのものを動かします。そのうえで症状と低値が残るなら、TRTを医師と検討する。これが責任ある順番です。自分の状態の整理には男性更年期・LOHのセルフチェックも使えます。
戻せる原因を先に潰すと、数値そのものが動くことがある。
それでも症状と低値が続くときに、はじめてTRTの話になる。
受け方と費用は?
窓口は泌尿器科(メンズヘルス外来)か内分泌内科です。問診と血液検査で適応を評価し、剤形と間隔を決めます。
血液検査で見るのはテストステロンだけではありません。赤血球(ヘマトクリット)、PSA、その他のホルモンも確認します。開始後も、効果と副作用を定期的に測りながら続けます。
費用は診療の枠組みで変わります。日本では男性性腺機能低下症の診断がつけば保険適用となる場合があります。基準を満たさない場合や、美容目的の場合は自費です。自費の金額はクリニックによって大きく異なります。
自費のクリニックの中には、適応が曖昧なまま高額なTRTを勧めるところもあります。まずは保険診療の枠組みできちんと診断してもらうのが安全です。「注射で若返る」という宣伝に飛びつく前に、自分が本当に対象なのかを確かめてください。
入口は泌尿器科か内分泌内科。朝の採血を2回が基本。
診断がつけば保険適用の場合がある。曖昧なまま自費で始めない。
よくある質問(FAQ)
**Q. テストステロン注射で若返りますか?**
A. 若返りの薬ではありません。効果が報告されているのは、診断された低下症の男性に限られます。しかも領域によって結果は違います。性欲や勃起では改善の報告がある一方、活力の自己評価では差が出ませんでした。もともと正常な人が足しても、上乗せははっきりしていません。
**Q. 心臓に悪くないですか?**
A. TRAVERSE試験では、心血管リスクを持つ低下症の男性5,246人で、主要な心血管イベントは偽薬とほぼ同じでした。ただし心房細動や肺塞栓は補充群でやや多く見られています。安全性が示されたのは、診断と管理がある前提の話です。
**Q. 妊娠を希望しています。受けても大丈夫?**
A. 注意が必要です。外から補充すると精子を作る働きが落ちます。中止後に回復する報告は多いものの、期間には大きなばらつきがあります。始める前に必ず医師に伝え、精液検査を含めて相談してください。
**Q. 一度始めたらやめられませんか?**
A. 基本は続ける治療です。中止すれば効果は消え、症状も戻ります。ただし低下の原因が体重や睡眠にある場合は、そちらを整えることで数値が動くこともあります。開始前に順番をよく相談してください。
**Q. 市販のサプリメントで代わりになりますか?**
A. TRTは医薬品を使う医療で、サプリメントは食品です。役割がまったく違うので、置き換えて考えるものではありません。自分の状態を知りたい段階なら、まず血液検査を受けるのが確実です。
疑問の多くは、検査の順番を知ると解ける。
朝の採血を2回。妊活の予定は最初に伝える。ここだけ押さえれば話が早い。
参考文献
- Lincoff AM, et al. (2023) “Cardiovascular Safety of Testosterone-Replacement Therapy.” N Engl J Med 389(2):107-117. PMID: 37326322 — TRAVERSE試験。5,246人・45〜80歳。MACEは182人(7.0%)対190人(7.3%)、ハザード比0.96で非劣性。
- Snyder PJ, et al. (2016) “Effects of Testosterone Treatment in Older Men.” N Engl J Med 374(7):611-624. PMID: 26886521 — 65歳以上790人・1年。性行為・性的欲求・勃起機能は改善、活力は差なし。
- Corona G, et al. (2014) “Testosterone Supplementation and Sexual Function: A Meta-Analysis Study.” J Sex Med 11(6):1577-1592. PMID: 24697970 — 低下症では性機能に良い方向、明確に低下していない男性では不確実。
- Walther A, et al. (2019) “Association of Testosterone Treatment With Alleviation of Depressive Symptoms in Men.” JAMA Psychiatry 76(1):31-40. PMID: 30427999 — 27試験・1890人。抑うつ症状の減少と関連、高用量でより大きい。
- Bhasin S, et al. (2018) “Testosterone Therapy in Men With Hypogonadism: An Endocrine Society Clinical Practice Guideline.” J Clin Endocrinol Metab 103(5):1715-1744. PMID: 29562364 — 症状+低値の男性に限り、利益とリスクを評価して検討する。
- Khera M, et al. (2019) “Guideline of guidelines: testosterone therapy for testosterone deficiency.” BJU Int. PMID: 31420972 — 各国ガイドラインを横断して整理。
- Fusco F, Verze P, Capece M, Napolitano L. (2021) “Suppression of Spermatogenesis by Exogenous Testosterone.” Curr Pharm Des 27(24). PMID: 33292112 — 外因性アンドロゲンがFSH・LHを下げ、精子形成が部分的または完全に止まりうる。
- Desai A, et al. (2022) “Understanding and managing the suppression of spermatogenesis caused by testosterone replacement therapy (TRT) and anabolic-androgenic steroids (AAS).” Ther Adv Urol 14. PMC9243576 — 中止後の回復は多くが自然に起きるが、期間のばらつきが大きい。
- Corona G, et al. (2013) “Body weight loss reverts obesity-associated hypogonadotropic hypogonadism: a systematic review and meta-analysis.” Eur J Endocrinol 168(6):829-843. PMID: 23482592 — 24件を統合。低カロリー食で+2.87 nmol/L、肥満手術で+8.73 nmol/L。
- Ohlander SJ, Varghese B, Pastuszak AW. (2018) “Erythrocytosis Following Testosterone Therapy.” Sex Med Rev 6(1):77-85. DOI: 10.1016/j.sxmr.2017.04.001 — ヘマトクリット54%超で中止。短時間作用型の注射でリスクが高い。
- Corona G, et al. (2019) “Testosterone replacement therapy and cardiovascular risk.” PMID: 31123340 — TRTと心血管リスクの関係を検討(概ね中立〜有益、要監視)。
- Corona G, et al. (2023) “Major cardiovascular disease risk in men with testosterone deficiency (hypogonadism): appraisal of short, medium and long-term testosterone therapy – a narrative review.” PMID: 37587664 — 短期・中期・長期の観点から概説。
- (2025) “Cardiovascular and prostate cancer risk associated to testosterone replacement therapy – a systematic review and meta-analysis of 41 randomized controlled trials.” PMID: 41673435 — 41件の比較試験を統合したリスク評価。






