「甘草(リコリス)はテストステロンを下げる」——男性の健康に関心のある人なら、一度は目にしたことのある噂かもしれません。甘草は、海外のリコリス菓子から、日本の漢方薬、のど飴、甘味料まで、驚くほど幅広く使われている成分です。だからこそ「本当にテストステロンが下がるのか」「どれくらいで問題になるのか」を正しく知っておく価値があります。しかも調べてみると、テストステロンよりももっと注意すべき影響が見えてきます。実在論文で整理します。
30秒でわかる結論
- 🧪 「テストステロンを下げる」は半分本当。 高用量で約26%低下したという報告がある一方、下がらなかった研究もあります。
- ⚖️ 効果は用量しだい。 大量摂取では一時的に下がりうるが、日常的な少量では影響は小さいと考えられます。
- 🩸 本当に注意すべきは「血圧とカリウム」。 甘草は血圧を上げ、カリウムを下げる(偽アルドステロン症)ことがよく知られています。
- 💊 漢方の”重ね飲み”に注意。 甘草は多くの漢方に入っており、知らずに過剰摂取になりがちです。
- 🔄 多くは中止で回復。 やめれば戻ることが多いですが、高血圧の人は特に慎重に。
甘草とは——お菓子から漢方まで、どこにでもいる成分
まず前提を整理します。甘草(かんぞう、英名リコリス)は、マメ科の植物の根から採れる、砂糖の何十倍もの甘みを持つ成分です。その主成分がグリチルリチン(グリチルリチン酸)で、体内でグリチルレチン酸に変わって作用します。この成分が、今回の話の主役です。
甘草は、想像以上に身近にあります。海外では黒いリコリス菓子として親しまれ、日本では漢方薬(葛根湯や芍薬甘草湯など多数)、のど飴、甘味料、一部の食品・化粧品に使われています。つまり、意識していなくても、複数のルートから知らないうちに摂っている可能性がある——ここが甘草を語るうえで、まず押さえておくべきポイントです。「たまにリコリス菓子を食べる」だけでなく、「漢方を常用している」「甘草入りのお茶を毎日飲む」といった人は、想像より多く摂っているかもしれません。
【神話の検証】テストステロン低下——「確認された研究」と「されなかった研究」
まず、噂の核心であるテストステロン低下から見ていきましょう。ここは「はっきり下がる」と言い切れず、研究によって結果が割れているのが実態です。
噂の出発点になったのが、健康な男性を対象にした研究です。甘草を1週間摂取したところ、血清テストステロンが平均で約26%低下したと報告されました。確度 中(reduction of serum testosterone by licorice・PMID 10515764)これは無視できない数字で、「甘草=テストステロンを下げる」というイメージの根拠になりました。仕組みとしては、グリチルレチン酸がテストステロン合成に関わる酵素の働きを妨げる可能性が指摘されています。関連する研究では、健康な男性・女性で甘草の摂取と性ステロイドの変化が検討されています。確度 関連(licorice & serum testosterone・PMID 14520600)女性でも甘草がテストステロンを下げたという報告があります。確度 関連(licorice reduces testosterone in women・PMID 15579328)
【要点】結局、テストステロンへの影響は「用量しだい・一時的」
割れた結果をどう受け止めればよいのか。整理すると、次のようになります。大量に・集中的に摂れば、一時的にテストステロンが下がる可能性はある。しかし日常的な少量摂取で、意味のあるほど下がるという確かな証拠は乏しい。そして、下がったとしても摂取をやめれば戻る(一時的・可逆的)と考えられます。
だからこそ、「テストステロンを気にして甘草をやみくもに恐れる」必要は、多くの人にとってはありません。テストステロンが気になるなら、甘草の有無より睡眠・運動・体重・栄養という土台のほうが、はるかに大きく効きます。土台づくりは亜鉛とテストステロンやテストステロンが低い原因も参考にしてください。ただし——本当に注意すべきは、テストステロンではなく次の話です。
【本命の注意点】血圧上昇と低カリウム(偽アルドステロン症)
甘草でもっとも確立していて、臨床的に重要な影響。それは、テストステロンではなく血圧とカリウムです。ここは「割れている」話ではなく、はっきりした薬理として知られています。
グリチルレチン酸は、腎臓にある11β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素2型(11β-HSD2)という酵素の働きを妨げます。この酵素は、通常はコルチゾール(ストレスホルモン)を不活性化していますが、それが妨げられると、コルチゾールが本来アルドステロンが担う受容体を刺激し、体にナトリウムと水をため込み、カリウムを排出させます。結果として起こるのが、血圧上昇・むくみ・低カリウム血症——これを偽アルドステロン症(pseudohyperaldosteronism)と呼びます。確度 高(liquorice & RAAS・PMID 16864159)
実際、甘草の摂りすぎによる重い高血圧の症例は数多く報告されています。たとえば、リコリスroot茶を1日3〜4杯、数か月飲み続けたことが原因だった重症高血圧の例があります。確度 関連(liquorice-induced pseudohyperaldosteronism・PMID 39753286)お菓子・お茶・のど飴といった”薬ではないもの”からでも、量と期間しだいで十分に起こりうる、という点が見落とされがちな怖さです。
- 血圧の上昇:もともと高血圧の人は特に悪化しやすい。
- 低カリウム血症:だるさ・脱力・こむら返り・不整脈の原因に。
- むくみ・体重増加:ナトリウムと水のため込みによる。
- これらは”薬”以外(菓子・茶・のど飴)からでも起こりうる。
【日本で特に注意】漢方の”重ね飲み”で甘草が積み上がる
日本に住む人にとって、見落としがちで実務的に重要なのが漢方薬です。甘草は、非常に多くの漢方処方に配合されています(芍薬甘草湯、葛根湯、小青竜湯など数え切れないほど)。そのため、複数の漢方を併用したり、市販薬と処方薬を重ねたりすると、甘草(グリチルリチン)が知らないうちに積み上がることがあります。
なぜ「甘い成分」が血圧を上げるのか——仕組みの整理
「ただの甘味料が、なぜ血圧を上げたりホルモンに触れたりするのか」と不思議に思うかもしれません。ここを一段だけ掘り下げておくと、甘草との付き合い方が腑に落ちます。
鍵は、グリチルレチン酸がホルモンを分解・調整する酵素に”割り込む”点にあります。私たちの体は、コルチゾールというストレスホルモンを、必要な場所で必要なだけ働かせるために、酵素で細かく調整しています。腎臓の11β-HSD2は、その調整役の代表で、コルチゾールを不活性化して「塩分をため込む受容体」を無駄に刺激しないようにしています。ところが甘草の成分がこの酵素を妨げると、コルチゾールがそのまま受容体を刺激し、体は「塩分と水をため込め、カリウムを捨てろ」という指令を受け続けてしまう——これが血圧上昇と低カリウムの正体です。
同じように、甘草の成分はテストステロンを作る過程の酵素にも影響しうると考えられており、これがテストステロン低下の報告につながっています。つまり甘草は、「甘い」という表の顔とは別に、複数のホルモン調整酵素に作用しうる、薬理的に活性の高い成分なのです。この視点を持つと、「食品だから」「漢方だから」と油断せず、量に目を向ける意味がよく分かります。
誰が特に気をつけるべきか
以上を踏まえた、注意が必要な人を整理します。高血圧の人は、甘草で血圧がさらに上がりやすく、最優先で注意すべきです。複数の漢方を服用している人は、甘草の積み上がりに気づきにくいため要注意。利尿薬や一部の心臓の薬を飲んでいる人は、低カリウムが重なると危険なため、必ず主治医に確認してください。逆に、健康な人がたまにリコリス菓子を少量食べる程度であれば、過度に心配する必要はありません。問題になるのは「大量に・毎日・長期間」というパターンです。
- 「毎日・大量・長期」を避ける:甘草入りのお茶・菓子・のど飴の常用に注意。
- 漢方は合計量を意識:複数併用時は医師・薬剤師に甘草量を確認。
- 高血圧・むくみ・だるさが出たら見直す:偽アルドステロン症のサインかも。
- テストステロンは主目的にしない:影響は用量しだい・一時的。土台づくりが優先。
まとめ——「テストステロン」より「血圧」に注意すべき成分
甘草(リコリス)をめぐる噂は、整理すると優先順位がはっきりします。テストステロン低下は、高用量で一時的に起こりうるものの、研究結果は割れており、日常的な少量では影響は小さい。むしろ確立していて注意すべきは、血圧の上昇と低カリウム(偽アルドステロン症)——これが2026年時点のフェアな評価です。
甘草は「テストステロンを下げる悪者」として身構えるより、「身近で無自覚に摂りすぎやすく、血圧・カリウムに影響しうる成分」として付き合うのが正解です。特に高血圧の人、複数の漢方を飲んでいる人は、合計量に目を向けてください。多くの影響は中止で回復しますが、体調の変化が続くなら、自己判断せず医師・薬剤師に相談を。噂の一言ではなく、量とリスクの優先順位で判断することが、いちばん確実な向き合い方です。
よくある質問(FAQ)
1. Armanini D, et al. Reduction of serum testosterone in men by licorice. N Engl J Med. 1999. PMID 10515764
2. Armanini D, et al. Licorice consumption and serum testosterone in healthy man. 2003. PMID 14520600
3. Armanini D, et al. Licorice reduces serum testosterone in healthy women. 2004. PMID 15579328
4. Sigurjónsdóttir HÁ, et al. Liquorice in moderate doses does not affect sex steroid hormones of biological importance although the effect differs between the genders. 2006. PMID 16462145
5. The liquorice effect on the RAAS differs between the genders. 2006. PMID 16864159
6. Liquorice-induced pseudohyperaldosteronism: a rare cause for severe hypertension. 2025. PMID 39753286
※本記事は一般的な健康情報であり、特定商品の効能・効果を標榜するものではありません。漢方・服薬中の方は医師・薬剤師にご相談ください。


